自虐と謙遜

私には取り柄と言われるものがありません。

特技を聞かれると困ります。

でも、それを自虐的に周りに言ったところで、聞いている人は「否定して欲しいんでしょ」とか「なんて言って良いか分からない」と思うでしょう。

多分私だったらそう思います。

だから、自虐的な事は言いません。

なるべく、私と関わる人にはポジティブな事を言いたいです。

ただ、唯一夫には弱音もはいたりします。

でもそれは、自虐ではありません。

自虐をする時は、ネタにします。

聞いてる方もそれなら、笑いやすくなるし突っ込みやすくなるからです。

笑いに変えることで、自分のコンプレックスも多少和らぐ気がします。

弱音と自虐は違う。

自分を卑下するのは、私は惨めだと思います。

誰だって自分に自信が100%ある人はいないと思います。

でも自虐はしない。

それは自分に失礼だからです。

外国人は褒められると

「ありがとう」

と返事をします。

自信があってもなくてもです。

でも日本人は否定しますよね。

「そんなことないですよ」と。

「ありがとう」と言えば終わる会話が、「そんなことないですよ」と言われると、こちらもまた否定せざるを得なくなり、話が終わりません。

謙遜は日本の文化かもしれませんが、良くない文化だと私は思います。

褒められたら、お世辞と分かっていても「ありがとう」と受け取るのが一連の流れな気がします。

凄いことは褒める、褒められたら感謝する、失敗したら謝る、そんなシンプルな事をシンプルにできるのって実は難しいのかもしれませんね。

だからこそ、親しい間柄では、きちんと言葉で「ありがとう」や「ごめんね」を伝えるのが大事だと思います。

私はそんな人間でありたいと思います。

子供をつくらない選択

私たち夫婦は子供をつくらない選択をしました。

理由は色々あります。

でもまず、子供を育てるには高齢なことが理由のひとつです。

子供を産み、育てるには歳が上になりすぎました。

夫も体力に自信がないとのこと。

私も強迫性障害を患った身、何より子供を優先させる生活は、おそらく自分が自分でなくなると思いました。

そして、私も夫も2度目の結婚です。

私は元旦那との間に子供はいませんでしたが、夫には元嫁との間に子供が2人います。

2人とも成人し、まぁ、色々複雑な家庭なので絶縁状態ですが。

そのため、また子育てをする自信がないとのことでした。

誰も親になる自信がある人はいません。

ただ、夫が子育てする自信がないと言った時、私は正直安心しました。

夫と結婚した時、子供をつくるべきか迷ったのは本当です。

しかし、それはすべて親のため、世間体のためでした。

今思えば、それでは子供をつくる資格はないです。

何より今、2人の生活で楽しいしうまくいっているのに、この生活を壊すのが怖かったのです。

迷って話し合いましたが、子なしを選び、私の親にも言いました。

父は相当ガッカリしていましたし、未だに孫を諦めていません。

子供ができたという、妊娠報告を心待ちにしています。

でも私にはその親孝行は一生できません。

今まで親の言いなりで反抗もせず、良い子でいましたが、今回は親不孝です。

でも私の人生は私だけのものだから、私は私の生きたいように生きます。

時には迷ったり後悔したりしながら、私は私と生きていきます。

不安との戦い

私は毎日不安と戦っています。

朝は戸締りの不安。

これは夫と一緒に確認してもらうことでかなり楽になりました。

通勤中は、階段から落ちるんじゃないか、転ぶんじゃないか、何か物を落としていないか、の不安。

これは毎日付きまといます。

そのため階段は落ちないようゆっくりですし、荷物は常にぎゅっと持っています。

出社後はタイムカードをちゃんと押せたか何度も確認。

別に押せていなくても月末にまとめて申請できるのに、確認しないと気がすみません。

お昼は、周りに人が居るため、むせったらどうしよう、こぼしたらどうしよう、の不安。

そのため誰よりゆっくり丁寧な動作で食事します。

帰りもタイムカードの不安や、事故の不安と戦い、夜寝る前は明日寝坊したらどうしようの不安と戦うのです。

日々自分との戦いです。

無駄なことを考えても仕方ないのに、延々と考えてしまう、強迫性障害の私には無駄にできる時間など1秒もないのです。

それでも安らげる時間があるから、私は私でいられます。

張り詰めていた時間があればあるほど、ゆとりの時間が有難く感じるのです。

何も考えず、ただ流れに身を任せる時間が至福の時です。

他人には無駄に思える時間も私には貴重な時間なのです。

少女漫画脳

私は昔から少女漫画が大好きでした。

母が漫画好きなのに影響されたのです。

幸いにも母の蔵書は1000冊以上あったので、読む本には困りませんでした。

そこで私の脳内は完全に少女漫画脳になってしまったのです。

理想の彼氏や結婚が実際にできると信じて疑わなくなりました。

しかし、30歳になっても私には運命の人は現れませんでした。

親には結婚を急かされ、当時付き合っていた彼氏と結婚することになります。

プロポーズは嬉しかったし、結婚式や新婚旅行も不満はあれど、楽しかったです。

ただ、あくまでも少女漫画では結婚がゴールで、その先なんて描いてないのです。

私に残ったのは「結婚生活」でした。

その結婚の生活は、楽しくもなんともありませんでした。

嘘みたいですが、私は本当に、結婚後の生活なんて想像していなかったのです。

元旦那には申し訳ないと思っています。

何より、私が元旦那を愛していなかった。

2人の将来なんて想像ができなかったのです。

結婚生活は2年でという短さで終わりを迎えました。

離婚を申し出た時、引き止められもせず、次の日には元旦那の親の署名の入った離婚届が用意されていました。

あっけないほど、あっさりした離婚でした。

私は結婚した時から5キロ痩せていました。

そんな経験から、私は夫との結婚も最初は怖かったです。

私は人を愛せないのではないか、人と生活できないのではないか。

でも今は誰より夫を愛しているし、趣味は生活と言えるほど生活が楽しいです。

2人の老後もすんなり想像がつきます。

もちろん生活は少女漫画みたいにはいかないです。

でも私は私が主人公の物語を紡いでいきます。

今は昔みたいに漫画は読まなくなりましたし、感情移入できる漫画もなくなりました。

現実逃避せずに現実を生きる術が身についたのかもしれませんね。

強迫性障害の確認行為

強迫性障害に確認行為というものがあります。

代表的な所で言うと、戸締りを何度も何度も確認することです。

それは一度の確認では不安だから、不安を払拭するためにする行為です。

しかし確認行為をしたから、不安が解消されるのかと言うと実はそうではありません。

ではなぜ繰り返し確認行為をするのか。

それには正直意味がないのです。

繰り返し確認をしているうちに戸締りがされているかどうかも分からなくなります。

でも一度の確認では不安、その不安を払拭するために確認を繰り返し、余計不安になる。

正直、悪循環です。

それでも、冷や汗が出ようが、意識が朦朧としようがやめられない。

終わりが見えないのです。

大丈夫と分かっているのに、確認しなければ気が済まない。

どこかで無理やり確認を終わらせると、不安がずっと付きまといます。

だから、自分を無理やり納得させて確認行為を終わらせるのです。

それが強迫性障害の確認行為です。

今までの私は確認行為をする朝の出勤前だけで疲れていました。

夫にまだ話せていないうちは、夫が見ていない所で何度も何度も確認行為をするのです。

隠していたのは恥ずかしい行為と自分でもわかっていたからです。

今は夫にすべてを話し、協力してもらうことで苦しさからは逃れました。

夫に絶大な信頼を寄せている私は、夫が確認すれば、一度の確認でも大丈夫なことに気付いたのです。

それを病院で話したら、先生が「そういう人は珍しいね」と言っていました。

馬鹿らしいことに付き合ってもらって、夫には感謝しかありません。

しかし、これで解決したとは思っていません。

根本的に私は治癒している訳ではないからです。

夫が出張の時はひとりでどうにかしなければいけないし、ひとりで出かける時ももちろんありますから。

そして確認行為は戸締りに限ったことではありません。

例えば小説を読んでいても映画を見ていても、何か引っかかると、戻って何度も見るため前に進まないのです。

映画館には行けませんし、気になったまま先に進もうとしても気になった部分が頭を支配して小説や映画どころではなくなります。

根本から治すのは不可能。

それが私が出した答えです。

だから確認行為をしなくても良いように日々生活していきます。

それが今、強迫性障害と付き合っている私のやり方です。

知ることと知らないこと

はじめて強迫性障害と診断されたのはまだ実家で暮らしている時でした。


母も一緒に病院へ行き、先生に水道代がバカ高いと私が症状を言うより前にまくし立てました。


寡黙な先生が言った
「強迫性障害ですね」
の言葉は今でも忘れられません。


今は、うつ病や、ADHDなどの方に優しい世の中だとは思います。


でも昔は違いました。


ネット環境もそんなに普及しておらず、自分で調べることも難しかった世の中。


強迫性障害なんて、未知の言葉は自分ですら受け入れることは難しかったです。


ただ、この辛い症状に病名があることに何故か安心して、涙した記憶があります。


それから20年ほどずっと病院には通っています。


夫の転勤で地元を離れ、今いる土地でも通院していることは両親には伝えていたし、分かっていると思っていました。


しかし、ある日父に電話で言われたことに衝撃を受けました。


今私は、甲状腺の病院にしか通っていないことになっていたのです。


あんなに辛い思いをしていた、強迫性障害がないことになっていました。


治ったとでも思っているのでしょうか。


ちなみに両親は認知症ではありません。


おそらく両親の中で、強迫性障害なんて名前も覚えられない未知の病はなかったことにしたかったんだと思います。


正直症状を話しても分かって貰えないことは分かっているので、そのまま、両親には話しを合わせています。


分かってもらおうとは思いませんが、私が病院に通っていることは知っていて欲しかった。


でも今は私の強迫性障害が、両親の中で消えている分、何も話さずに済むので逆に楽です。


病気の事は自分にしか分からないから、誰にも言わない。


そう思って生きてきました。


今は夫が最大の味方で、最良のパートナーなので、すべてを打ち明けました。


夫は知る努力をしてくれています。


だから、とても気持ちが楽になりました。


今のこの生活がとても好きです。

大丈夫な自分

美味しいものを美味しいと、綺麗なものを綺麗だと思えるうちは大丈夫です。


それが私の大丈夫の基準です。


ただ、最近気持ちが低迷しているのもあり、身体が反応したのか熱を出してしまいました。


37度程度の微熱なのですが、普段平熱が35度の私には少々しんどいです。


併せて台風も来るとの事。


なんだか小さなストレスや心配事が溜まります。
自分の中で低迷期の乗り越え方は分かっていますが、なかなか上手くいかない時も多いです。


落ち込む時はどん底まで落ち込まないと私は這い上がれないようです。


今多分底辺なのであとはアガるだけ。


そう言い聞かせて、どうにか仕事を乗り切ります。


今はやりたいことより、やらなければいけないことを優先させないと、やりたい意欲が湧かないのです。


やらなければいけないことを優先してやっていると自然と無心になれるので余計な事を考えなくてすみます。


自分が何をやりたいか、何者になりたいか、ハッキリ分かっている人は羨ましいですし、尊敬します。


私は昔から自分が何をしたいのか、夢も何もなかったからです。


ただ、親に言われるまま短大へ進み、就職しました。


後悔がないと言えば嘘になりますが、特に波風はありませんでした。


多分強迫性障害にならなければ、また別の人生だったかもしれません。


でも今はこの生活が最高に幸せだし、強迫性障害ともうまく付き合ってあげているのでおそらく大丈夫です。


もっと大丈夫な自分は求めません。


ただ、平凡に幸せに笑って暮らしたいです。

家事

家事分担と言いますが、適材適所があると思います。


うちは私が扶養内パートで楽させてもらっている分、家事はすべて私がしています。


私が家事をしっかりしたいタイプだし、家にいるのが多い私がやる方が効率が良いからです。


かといって夫は何もしないかというと、そうではなくて、むしろ率先してやりたいタイプ。


私は、自分なりの家事のやり方やペースがあるのでできれば口出しはしてほしくないし、できれば自分でやりたいです。


それでも忙しい時は夫に掃除を頼んだりします。
その時は喜んでやってくれるし、日々の私の家事にも口出しせず、感謝してくれます。


それが嬉しい。


夫もひとり暮らしが長かったので家事は全般できますし、おそらく自分のやり方もあるはずですが私に任せてくれてます。


私は、仕事はフルタイムはもう無理だと思っています。


メンタルでやられてしまうから。


その分夫はしっかり働いてくれます。


だから私もしっかり家を守る。


色んな夫婦がいると思いますがうちはこれで上手くいってます。


昔、フルタイムで働いていた時は別に家事なんてしっかりやっていなかったし、やらなくても平気でした。


夫はそれでも文句は言わなかったです。


ただ、だんだん家時間が好きになった私は、忙しさで家が荒れていくのが嫌になりました。


その頃です、強迫性障害の症状が酷くなって、病院で抑うつと診断されたのは。


何事も完璧でないと許せない性格が災いして、仕事も家事も中途半端な自分が嫌になりました。


ただ、そこから仕事を辞め、1年ほどゆっくり休み、どうにか今は普通の生活ができるレベルになっています。


それでも時々辛い時はありますが。


ただ、昔一切やらないし、できなかった家事が今は好きなので、仕事より家事に重きを置いています。


生活できるレベルのお金があれば、あとは生活を充実させたいのです。


かといって、ずっと家にいても気が滅入ってしまいそうなので、週3日の6時間程度のパートがちょうど良いです。


夫との時間も大好きですが、1人時間も好き。


今は少しだけ、完璧じゃなくても大丈夫、と思えるようになりました。


真面目で完璧を求める人が、心の病にかかりやすいと言います。


私は真面目でもないし完璧でないとダメなんて思ったことはなかったはずでした。


でも自分で自分を知らぬ間に苦しめていたのですね。


今は平日頑張った分、週末はどれだけ自分を甘やかすか考えています。


自分を労いながら、ゆるゆる生きていきます。

シートマスク

少し前、朝晩毎日シートマスクをするのが良いとの噂を聞き、お肌の衰えを感じる私は迷わず毎日使えるシートマスクを買いました。

朝のマスクは、洗顔も兼ねるらしくだいぶすっきりさっぱりの使い心地。

夜のマスクは、ビタミンCも入った潤うタイプ。

安いものでも良いとのことだったので、どちらも50枚入りで1000円もしないものです。

格段に肌質が変わったという人もいて、かなり期待はしましたが、3ヶ月ほど使っても私には効果が正直ありませんでした。

それどころか、何年も見なかった、繰り返すニキビに悩まされることになりました。

色々調べてみると、シートマスクは本当に人によるそうで、元々肌のポテンシャルが高い人には良いかもしれませんが、実際シミやシワを改善する訳ではないのだそう。

ただ、潤いを与えるのは肌にはとても良い事なので、それで肌質改善する人は多いようですが。

私のようにニキビができてしまったり、肌トラブルが悪化する人も中にはいると思います。

情報化社会で、様々な情報に迷わされますが、その中ですべて鵜呑みにするのではなく、自分に合った方法を探るのが大事だと感じました。

ちなみにシートマスクは夜はやめましたが、朝の分はさっぱりして気持ちが良いので今も使っています。

夜のシートマスクをやめて、ニキビはすっかりなくなりました。

もちろん私は合いませんでしたが、シートマスクが肌に合う人も沢山いると思います。

なにごとも継続ですね。

若いうちからもっとスキンケアに力を入れていればよかったと思いますが、今からでも遅くないと自分に言い聞かせ、昔よりは少しだけ良い基礎化粧品を購入しています。

でも無理はしません。

身の丈に合ったものを購入しています。

高いものはそりゃ良いのは分かりますが、続きませんから。

ばしゃばしゃ使える化粧水を購入した方が私には合っています。

おかげで最近、自分調べですが少し美肌になった気がします。

このまま続けていきたいです。

人生の協力者

この前、夫にブログを始めたことを話しました。

興味があったようなので

「見る?」

と聞いてみると

「いや、いい」

とのこと。

最初はあまり興味無いのかなと思ったのですが、

「赤裸々に書いてるんでしょ?」

と言ってきました。

そこで理解しました。

夫は、私だけの居場所を守ってくれたのです。

私が誰の目も気にすることなく、心情を吐露できるのはブログだと分かっての発言でした。

正直夫には見られても全然良いです。

でも気を使ってくれたのが嬉しくて、しばらくは1人でブログは楽しむことにします。

昔は強迫性障害は恥ずかしいことで、誰にも言えませんでした。

それこそ同居していた親にも言えなかったです。

でも今は強力な協力者がいます。

夫に分かってもらえればそれだけで心強いです。

強迫性障害の方の多くは、強迫観念からくる強迫行為を恥ずかしいと思っています。

私がまさにそうです。

だから隠すために必死でした。

でも一緒に暮らす夫にまで隠そうとするのは無理でした。

今は夫の支えがあって生活がとても楽です。

信頼できる協力者を得る事も、病気と付き合っていく方法だと私は思います。