わがまま病?

私は強迫性障害とうつ病を患っています。

うつ病ってただのわがまま病と言う人もいます。

自分は病気だからと、わがままを言いまくる人も確かにいて、私は絶対にそうはなりたくないと、周りの顔色や空気を読むことに必死になりすぎて、結果心が疲れました。

誰からも好かれる人はいないし、陰口を言う人もいます。

陰口を言うような奴の言葉なんて信じるに値しないです。

でも私は弱いからすべての刃を吸収して、身動きが取れなくなる。

周りの人たちは、もう前に進んでいるのに、私は前に進むどころか、重い足枷がついてくる。

でも、私は自分を諦めたくない。

メンタルは強くできないし、世渡り下手だけど、私は私を少しでも好きになってあげなきゃ、かわいそう。

だから、今日も前を向いて生きていく。

人生山あり谷あり

強迫性障害の症状が最近酷いです。

朝出掛ける時の戸締り確認だけで疲れて、汗を異常にかくのです。

仕事の前に疲れてしまう。

そんな時、主人の「辛い時は頼って」という言葉を思い出しました。

本当は自分の恥を晒すようなこと、したくなかったです。

でも、主人に甘えてみることにしました。

戸締りを一緒に確認してもらう。

それだけで不思議と何度も確認しなくなり、生活が楽になりました。

もちろん、1人で出掛ける時もあるので、その時は仕方ないのですが。

出会って10年、結婚して6年。

私は主人にこの前はじめて、私の病状を包み隠さず話しました。

今までは隠したい、恥ずかしい、それだけでした。

でも主人には知って欲しいと思ったのです。

私は強迫性障害になってから、誰にも詳しい症状を話したことはありません。

当時一緒に住んでいた両親すら、私の症状を見ても、ただ否定するだけでした。

私の長くて拙い話しを主人は静かに聞いてくれました。

夫婦は所詮他人、全てを理解してもらおうとは思いません。

でも、理解しようとしてくれることはできます。

主人はそれをしてくれる唯一の人です。

私ももちろん、喜びや悲しみ、すべて理解するため、主人に歩み寄ることは忘れません。

その時主人が「辛い時は頼ってね」と言ってくれたのです。

涙が溢れました。

私には寄り添ってくれる人がいる。

それはなんて幸せなんだろうと…。

私も、主人の唯一無二の存在でありたいと心から願います。

私流夫婦円満の秘訣

夫婦円満な私が考える夫婦が上手くいく秘訣とは。


冷たい事を言うようですが、夫婦は所詮赤の他人です。


そんな2人が一緒に暮らすには色々な弊害があります。


育った環境も、性別も違うのだから、それは当たり前です。


その中で折り合いを付けていくのに大事なのはやはり話し合いです。


そして、思いやり。


主人と結婚するまで、私は短気なタイプでした。
しかし、主人にカッとなったら一度クールダウンしなさいと言われたことがあります。


確かに、頭に血がのぼった状態では、相手に自分が何故怒っているのかわかって貰えないと改めて認識しました。


それからは頭にくることがあっても、その場で怒りに任せて言うのではなく一度冷静になってから、よく考えて、それでも納得いかないことがあるなら話し合いをするようになりました。


一度冷静になると、不思議と「なぜあんな事で怒ってしまったのだろう」と、怒りが消えることもあります。


逆にどうしても納得出来ない事はきちんと伝える事ができるようになったので、喧嘩はなくなりました。


そして、基本的なことですが、毎日の挨拶はきちんとします。


おはよう、おやすみ、行ってらっしゃい、おかえり、ありがとう、ごめんね。


言葉にして伝えることはとても大事なことだと思います。


主人はいつからか、寝る前に「今日もありがとう、明日もよろしくね」と毎日言ってくれるようになりました。


私にはそれがたまらなく嬉しいのです。


家事は好きだし、自分でやりたいと思っていますが、時に大変な時もあります。


家事を私がやるのを当たり前だと思わず、きちんとお礼を言ってくれることが、主人の素敵な所です。


長所も短所も、すべて含めて1人の人間としてお互い認め合える関係が、良い夫婦なのかなと、私は思います。

優しい社会

会社の社員さんが急に会社に来なくなり、1ヶ月がたちます。


理由は誰も知らないらしいです。


勿論部長は知っていると思いますが。


ただ、復帰予定の日は無断欠勤したらしく、部長も首を傾げていました。


他にもメンタルをやられ、休職している方がいます。


うちの会社はそんなにブラック企業なのでしょうか。


もしくは現代人のメンタルが繊細すぎるのか…。
私だってメンタルは弱いです。


今のところは自分を奮い立たせ、仕事してますが、たまに理由もなく泣きたくなる時があります。


昔勤めていた会社の方が、「うつは甘え、体の病気じゃないんだから、どうにかなる」と言っていました。


その方には、メンタルが繊細な人の気持ちは分からないのでしょう。


その会社で、私はまさしくメンタルを壊してしまい、会社へ行こうと思っても行けない時がありました。


何日か休んだ時、その方から電話が来て、責められました。


会社に行こうとすると吐きそうになると言っても、一日中吐いてる訳じゃないんだから来なよと。


その方とは一生相容れないと思います。


目に見える病気しか病気と認めない、そんな人には、繊細な人の気持ちが理解できない。


周りに迷惑をかけていると分かっていても、どうしようもない。


逆にそれがプレッシャーになり、余計行けなくなる。


目に見える体の病気は目に見えて治りますが、目に見えない心の病は自分にしか分からなく、治らない時もあります。


私の強迫性障害と同じです。


人と人との関係や仕事は時に難しく、自分の思い通りにならないことが多々あります。


それでもメンタルが繊細な方に優しい社会になるように、願っています。

新たな病?

30代前半から私はピルを服用してます。


避妊目的ではなく、子宮筋腫があるため、飲んでいた方が良いと医者に言われたためです。


日本ではピル=避妊目的のようなイメージが強く、なかなか受け入れられにくい薬ですが、生理痛を和らげたり、経血量が減ったり、生理不順が矯正されたりと、私には魅力的な薬でした。


私が服用しているピルは、3日連続する出血があったら4日間休薬するというもので、その後はまた普通に服用するのですが、現在1ヶ月以上出血が続いている状況です。


私は生理があるせいか、出血にさほどの危機感がないのですが、これはさすがにまずいと、産婦人科で検査をしてもらうことに。


毎年、子宮頸がん検診はしていますが、今回は子宮体がん検診です。


昔も子宮頸がん検診で引っかかり、子宮体がん検診を受けましたが、痛かった記憶があり、とても憂鬱になりました。


今回もやはり痛かった…


それよりなにより、結果が気になりますが、結果には1週間ほどかかるとのこと。


憂鬱です。


心のどこかで、なんとなく大丈夫だろうと思っている能天気な自分がいたのですが、日に日に不安になってきました。


もし病気だった時の事は考えておかねば。
仕事は?お金は?保険でどのくらいまかなえるの?


考えれば考えるほどキリがなくなります。
待つしかない。


今が1番もどかしい。

「普通」

最近考えることがあります。


みんなが言う「普通」って何でしょう?


多数の人がそうだから、それが「普通」?


でも、他の人と違う人沢山いますよね。


十人十色で、ひとりひとり個性があります。


結婚して子供を授かり、家を建てる。


これが「普通」の幸せでしょうか?


人によってそうじゃないこと、沢山あります。


親は、「普通」を望みます。


それが1番幸せだと信じて疑わない。


何不自由なく生活していても、幸せとは限らない。


自分のモノサシと、他人のモノサシは違うし、キャパも違う。


「普通」というくくりで、がんじがらめにしたら、「普通」じゃない時、自分は異常だと思ってしまいます。


でもそれは間違い。


だって、それぞれがそれぞれの「普通」を持っているから。


私の「普通」は強迫性障害という病と共存しているということ。


でもそれは、強迫性障害じゃない人にしたら「普通」じゃないですよね。


人と違うことを怖がらないで、人と違う人を特別扱いせずに生活できる世の中になると良いなぁと思います。

前を向く

5年前、私は主人の転勤で初めて地元を離れました。

生活はとても楽しく、充実していたのですが、どうしても人になじめず…

そのせいか仕事がうまくいかず、バイトを転々としてしまいました。

そして、強迫性障害の症状も色濃く出てくるようになります。

例えば、出かける前に何度も何度も家じゅうの施錠確認をする、仕事で作成した資料を何度も読みかえす…など。
施錠も資料も確認すればするほど何が正しいのか分からなくなります。

そして前に進めない。

毎日毎日仕事と仕事以外で、疲労困憊でした。

こんな辛い思いをしてまで働かないといけないのか…

そう考えたとき、ある行動に出ました。

まずはぼやっと、
「強迫性障害 仕事 辛い」
などのネット検索を。

そこから、強迫性障害にも保証があることを知ります。

それが障害年金でした。
簡単に言えば障害者がもらえる年金の事です。

基本はうつ病患者が対象らしいですが、私は若干抑うつも入っていたので、もしやと思い調べまくりました。

とはいえ、知識もないので、すぐプロの社労士事務所で無料相談をお願いすることに。

優しそうな女性だったので、とても安心しました。

様々、症状の質問をされましたが、この症状なら障害年金貰えますよとのこと。

手続きは、お金はかかりますが、自分ではできないし、負担が大きいと思ったので、すべて社労士さんにお願いしました。

帰り際、社労士さんが一言。

「障がい者手帳は取得予定ないのですか?」

正直私には縁のないことだと思っていたので、驚きました。

「私でも取得できるものなのですか?」

恐る恐る聞いてみましたが、障害年金を受給できれば比較的簡単に取得できるのだそう。

なんだか目の前が少し明るくなった気がしました。

結果、時間はかかりましたが障害年金も無事受給できることが決まり、障がい者手帳も取得できました。

何事も調べなければ分かりません。

税金は、勝手に徴収されてしまいますが、個人の得になることは誰も教えてくれない。

こんな保障があることも、私が受けられることも一歩踏み出さなければ分かりませんでした。

障害年金受給決定通知書が自宅に届き、社労士さんに伝えた時、

「本当に良かったです!」

と喜んでくれたことが、とても嬉しかったです。

生きにくいなと感じるときは、自分の心のSOSのサインです。

自分を救えるのは自分しかいないと今はよく分かりました。

私について

まずは簡単に自己紹介からします。

私は、現在夫と猫とゆるゆる暮らしている43歳主婦です。

扶養内で事務パートはしていますが、フルタイムではありません。

ブログを始めようと思ったきっかけは、私の病気が関係しています。

私がこの病気になったのは、20年ほど前。

当時、ホルモンバランスの病気である、バセドウ病になってしまいました。

バセドウ病は、疲れやすいとか、脈が速くなるなどの症状のみで、さほど辛いものではありませんでした。

しかし、少しして、ある異変に気付いたのです。

当時正社員で事務職として働いていたのですが、小さなことが気になるようになりました。

例えば、汚いであろう場所を触ってしまった、トイレが汚かった、手は洗ったけど体の他の部分が汚い気がする。

そんなことが頭の中を占領するようになり、仕事帰りの車の中で、1日の気になる出来事を頭の中で何度も反芻するようになりました。

そして、ひとつひとつ、大丈夫大丈夫と自分に言い聞かせます。

頭では、そんなの気にしなくても大丈夫だとわかっているのに、心が許してくれない。

ようやくなんとか自分をなだめて、家に帰ることができます。

しかし、家でも手を洗う回数が異常に増えたり、お風呂時間が異常に長くなったり、目に見えて異常行動が増えました。

当時実家暮らしだったため、水道代が異常に増えたことに母が怒り、私を監視するようになりました。

「そんなに何度も手を洗わなくても大丈夫」

と、怒られても、やめられません。

自分で納得するまで行動しないと気が済まないのです。

そんな気が狂いそうな日々の中、父が病院へ行くことを提案してくれました。

当時はそんな病気があることも知らなかったし、まさかその症状が病気とも思いませんでした。

ただ、自分を責める日々だったのです。

病院へ一緒についてきた母は、先生にまくしたてました。

シャンプー代、水道代、言うのはお金の事ばかり。

寡黙な先生がその症状を聞いて、言った一言は

「強迫性障害ですね」

でした。

十分な説明もなく、もちろん聞いたことのない病名で、今のようにネットの普及している時代でもないため、自分で詳しく調べることはできませんでした。

しかし、病名があったんだ、私は病気なんだということにとても安堵し、涙が溢れました。

その後もらった薬は合わず、吐き気や眩暈と戦いました。

母は無理やり私に薬を飲ませようとしましたが、再度病院へ行き、症状を話したらすぐに薬を変えてくれました。

手洗いや、お風呂時間は短縮されたものの、それでも昔のように生活はできていません。

今は、この病気とは一生付き合うしかないのだと思っています。

ブログでは、病気の事を中心に日々の生活を綴っていきたいと思います。

同じ悩みを抱えている方の参考になれば幸いです。